五。宇宙変化の原理

宇宙の中に存在するすべての事物は一つの法則によって等しい運動をする。それは宇宙の本然の運動である太極の起動作用の力によって圓運動をするのだ。一つの時点を出発してまた原点に戾って再び始めて果てしなく回るのだ。この運動は天地が創造された以来今までただし一回も止めたことがなくて天地のすべての事物は中心を置いて循環するのだ。
この運動力は絶対者の気だ。
気の本体は神だ。
気によって万物は循環•往復しながら発展するのだ。一つの中心の力によって圓運動をするようになれば'前•後•左•右'の四方ができて中心まで五方ができる。これが東西南北と中央だ。
そしてこの各の方位ごとに気が違うので五気があって事物が五気を経る過程が五行で現わすのだ。
中央の原動力によって四方を経て木気∙火気∙金気∙水気が起きて土気は根で仲裁作用をする。万物が圓運動をするようになればどれでもこの五気の作用を受けて胎動〔生〕、成熟〔長〕、結実〔斂〕、貯藏〔藏〕の作用を受けながら繁盛して発展して行くのが自然の法則だ。
この法則は少なくは一日にも現われて一年の中にもあって、大きくは宇宙の1年にも現われるが形態は生長斂藏で等しい。

地球は地軸を中心で自転をして朝•昼•夕方•夜ができる。朝には準備して昼には旺盛に活動して、夕方には取りまとめて、夜には再充電の休息期だ。しかし明日のすべての計画は夜に成り立つのだ。これを果てしなく繰り返して我々は生活を繁盛•発展させて行く。 太陽の原動力によって太陽を中心で地球が公転をして春•夏•秋•冬の四季節ができる。 この4四季節によって農夫は春に種子を播いて、夏に作って成長させて、秋には実っておさめて、冬には種子を後始末するのだ。農夫はこの過程を経りながら種子より数百、数千倍が多い收穫をおさめてより良い品種を得る。
そして太陽は銀河系の中心の巨大な作用力によって公転をする。銀河系は太陽のような恒星(おのずから光を出す星)が100億個ほど集まって群集した星々の集団だ。我々の太陽系がこの銀河系を中心で一回りを回れば小宇宙の1年だ。
この週期は10800年(邵康節が大宇宙の1ヵ月で推算)で推算になって、この小宇宙の一年を週期で人類の歷史の生成と消滅を経る。小宇宙の1年には春の世の中•夏の世の中•秋の世の中•冬の世の中の4段階の歷史の変遷が現われる。一つの季節は2700年だ。この週期を持って天は人間農事を作って来た。
今から約5500年前の伏羲(ボックフィ、BC3528~BC3413)によって小宇宙の春の時代が開かれた。
これを開闢と言う。そしてこの時に開かられた春の時代の摂理を羲易(フィヨック)と言う。
またこの時はこの地球に人間の種子が現われて始めた時だ。伏羲(ボックフィ)は最初の姓氏である風氏(プングシ)を持ったが以後に消えて、その後に神農(シンノング)によって姜(ガング)氏が出たので姜氏は人類の最初の姓氏だ。姓氏と言うのは氏の種子を言う。この時は言語、文字、士農工商、政治法など人類の基礎文化は形成された時だ。
この春の時代経て今から約3000年前の文王(?~BC770)によって小宇宙の夏の時代が開かれた。この時もやっぱり開闢と言う。
この小宇宙の夏の時代の摂理を周易と言う。
この時は人類が繁盛して、聖人たちが下って道(ド)を敎えて完全な国家の形態が形成されて文化、文明が成熟されて来た時期だ。
そしてすでに小宇宙の秋に入ったのだ。この秋の時代が来るためにはまた一回の開闢が来てこの時に開かれられる摂理を正易(ゾングヨック)と言う。この正易は人類の結実の易で完成を意味するのだ。
現在に我々の人類が暮らしている今の時期は小宇宙の季節で人間の情神と文明がすべて完成される時を迎えているのだ。
そしてまた小宇宙の冬を迎えて人類の種子が残るようになって次の小宇宙を再び迎える。これを繰り返して人類の歷史は変遷して来たのだ。
大宇宙も宇宙の運動本姓によって回るようになっている。だから大宇宙の1年は銀河系が大宇宙の中心である北極星を中心で一回りを回る週期として129600年というと中国の宋代の学者である邵康節(1011~1077)が明白にした。
邵康節は彼の著書である『皇極経世書』で宇宙の時間を明白にしたのに、1世(セ)を30年、1運(ウン)を360年、1会(フェ)を10800年、1元(ワン)を129600年と言った。
1世は宇宙の1時間で人間の世の中である地球では30年で、1運は宇宙の一日として12世があるので人間の世の中である地球では360年になる。そして1会は宇宙の一ヶ月で人間の世の中である地球では10800年になる。これは小宇宙の一週期だ。そして1元は宇宙の1年として12会があるのに人間の世の中である地球では10800×12=129600年になる。
すなわち、1世(セ)=宇宙の1時間=30年
                  1運(ウン)=宇宙の一日=12世(セ)=360年
                  1会(フェ) =宇宙の一ヶ月=30運(ウン)=10800年
                                       =小宇宙の一週期
                  1元(ワン)=宇宙の1年=1会(フェ)=129600年
                                       =大宇宙の一週期
であるのだ。
そして宇宙の1年は元•亨•利•貞と言う宇宙の4季節を持つ。だから宇宙の一年の中に一つの季節は32400年で小宇宙が3回を変わる週期であることで、小宇宙が12回の開闢をすれば大宇宙が一回の大開闢をするのだ。
まるで時計の針が秒針、分針、時針があることのように地球が太陽のまわりを公転することは秒針にあったて、太陽が銀河系のまわりを公転することは分針にあったて、銀河系が大宇宙を一回りを回ることは時針にあたる。
そして地球が太陽のまわりを公転する時にも、太陽が銀河系のまわりを公転する時にも、銀河系が大宇宙を一回りを回る時にもすべて生•長•斂•藏の過程を経ることは等しい。
このような生•長•斂•藏を四儀と言って、四儀が一日に、一年に、宇宙の運行にそして天地の大道にどんなに現われるとかを表と絵で現わして見れば次のようだ。



このように天地のすべての事物は中心を置いて循環する本姓を持つので森羅万象が四種の状態の変化が現われて、その変化は胎動、成長、結実、貯藏しながら果てしなく循環•反復しながら発展して行く。

これが自然の法則でこの法則によって農夫が1年を週期で穀物農事を作るように、天は大宇宙の1年を週期で人間農事を作る。人間は万物の霊長だ。だから大宇宙の1年を週期で人間の種子を播いて結実期が来るとおさめて使おうとするこどだ。
天は今から約5万年前に人類の種子をこの地球に播いて只今大宇宙の秋を迎えて人間を完成させて後天の5万年間を使おうとするこどだ。
大宇宙の1年の週期である129600年の中で先天の5万年、後天の5万年を除いた約3万年の時期は大氷河期で收藏の時期だ。だから約5万年前に現生人類が現われて始めるのだ。
考古学的で見ても約5万年前に現生人類である'ホモサピエンス'が現われて始める。
学界の硏究報告によると一番古い人類の先祖の頭蓋骨はアフリカで発見されて、今から約250万年前のことだと言う。ところで現生人類の一番古い頭蓋骨はユーラシア大陸で発見されたのに、これは約52000年前のことだとなっている。このような人類の頭蓋骨たちを分析して学者たちは古生人類と現生人類で区分してある。
'古生人類が現生人類で漸進的に変化しなかったか。'と聞き返すかもわからないがそれはそうではない。今まで知られたところでは古生人類が滅絶〔滅種〕になった後に新しく登場した人類が現生人類と言う。
このような科学的な根拠を見ても只今人類は分明に大宇宙の完成の時期である秋に入ってあるのだ。 今のこの時期は小宇宙の秋に入って正易の時代に行っている一方、また大宇宙の秋に入る時だ。だから小さい小開闢が来ることではなくて、大宇宙の後天の開闢が近づくのだ。
姜甑山(ガングズングサン)聖師は『典経』の公事3章34節で"世の中の人々が節候文(ゾルフムン)が良い文であることが分からない。時俗の言葉に節候を哲(チォル:物心)と言って子供の無知と沒覚したことを'分別のない愚か者'と言って幼い少年でも知覚をつける者には'物心が分かる'と言って年上な老人でも常識がなければ'分別のない愚か者な子供のようだ'と言う。"とおっしゃったのに、これは'只今大宇宙が秋が来たことでも人々がそれを分からない'と意味だ。だからその理を分かりなさいというのだ。
今日多い宗敎で終末論を主張して、社会的では急変している世上の流れに気を付けることができずにやたらに荒らされて行っている。このような一連の事態はどうして起きて、果して終末という人類の破滅が来ようか。
それはそうではない。宇宙の流れは回ってまた回ることだから終末はすなわち新しい始めを意味する。この時はすなわち一大の大開闢期であるのだ。それを後天開闢と言う。終末ながら終末ではない。
大開闢と言うのは宇宙の巨大な次元の変化だ。すなわち全人類の破滅や地球の解体ではなくて、天の国の下降や彼岸の王国ではなくて'地上天国の建設'だ。ヒュゴではなくて'地上神仙の出現'だ。
ところでこの秋の時期に結実を得るためには必ず試錬を耐えなければならないことが自然の理だ。
自然の理で秋の結実があるためには必ず秋の霜が下って充実なことと不実なことを選り分けるのだ。これを審判と言う。この審判は秋が来る時は不可欠で、まるで秋の脫穀をする場所のようだ。
姜甑山(ガングズングサン)聖師は『典経』の公事1章36節で"先天の開闢の以後から水旱と乱離の劫災(ゴブゼ)が代わる代わる絶え間がなくこの世の中をいやになるほどして来たがまだ病劫(ビョングゴブ)は大きくいなかったのでこれからは病劫が世界中を覆い被せて世の中に慘状を加えるのにそこで救って出す方策がいないのですべての奇妙な法と珍しい薬品を重要に思わずに医統をよく分かりなさい。私が天地公事を引き受けて見ることからこの東土で他の劫災(ゴブゼ)はしりぞけったがただ病劫だけは残ったのに身を振り返える余暇がなしに洪水が狎し寄せるようにするのだ"とおっしゃった。
すなわち後天の5万年に行くために大開闢期が迫って来る試鍊の秋の霜はほかではなく'大病劫'であるのだ。
この時は陰陽五行で見たように神と人間は陰と陽として結合をすればこそ完成されて結実を得られると言った。すなわち神人相合の法ではなければ移ることができないのだ。今のこの時はまるで男と女が成熟されて男は女を求めて女は男を待つように、宇宙の開闢期には神が人間を求めて下って、人間は神を求めなければならないのだ。
易しく言えば'人間の精神'と'神明'合一して一つの完成体に化しようとするのだ。
人間が正しい神明と合一するようになればそれを神仙と言う。
しかし今日の人間は神明が分からなくて、日常の道理を失ってしまって慾心が一杯な心だから雜神たちが先にとびかかるようになったので心の気運が散らばって、正しい精気は消えたので精神は昏迷して、全身は病気にかかるようになるのだ。だから人間にたずねて来る神明がいなくなるので秋風に落ちる落葉のように病んで行くようになるのだ。
この大開闢期には神明を迎えらなかった精神は痩せこけていて永遠に滅亡することだから実に悲慘な仕事ではないことではない。
今の全人類は道(ド)を喪失して無道病にかかるので深い病気にかかってひとりでに治癒することができなくて、どんな神明の力でも治癒が不可能だから宇宙を主宰する主人が直接降臨するようになるのだ。そしてこの大審判期を無事に移ることができる法を出しておいたのにそれはすなわち神人相合の法だ。
これは'天の法'だからこの法で修道工夫(勉强)をする者は誰でも神仙に化して後天の五万年の不老不死の仙境の樂しみを享有することができるのだ。
次は先•後天の時代の代表的な現状を表で比べたのだ。